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TRAILER
INTRODUCTION
イントロダクション
⼥性が真珠を飲み込む
海底に沈められた地下鉄の車両
ニューヨーク市の⻲裂から⼤洪⽔が押し寄せる

「海のミルク」と呼ばれ人々の舌を惹きつけて止まない牡蠣。だが牡蠣の役割はそれだけはでない。牡蠣は呼吸することによって⽔を濾過し水質を改善する。集団を好みくっつきたがる性質もあり、牡蠣が集まってできた「牡蠣礁」は微生物や甲殻類、小魚たちの住処となる。そして、更なる特別な性質として、繁殖の為に、自身の性別を変えることもある。

ドキュメンタリーでフィクション、
記録映像を交えた
クイアなハイブリッド・ドキュメンタリー!

海を浄化し、生きものの居場所をつくり、メスにもオスにもなれる牡蠣を、この映画ではクィアと連帯の象徴として描いている。ニューヨークはかつて牡蠣の収穫量世界一を誇り、黒人奴隷たちがその産業を支えた。やがてその乱獲により牡蠣の数は激減し、浄水力を欠いた川や海の水は汚れ、さらに昨今の気候変動による海面上昇が度重なる都市の洪水を引き起こしている。また2025年には「性別は2種類のみ」という多様性政策撤廃の大統領令も発され、環境とジェンダーを巡るニューヨークの状況は、この世界全体が抱える問題の縮図でもあるだろう。

しかし、現在ニューヨークではそれらをくい止める運動が起こっている。それは人間と人間でない生きものの共生や、社会的性差からの解放を目指す。もし私たち人間が牡蠣のように生きられたら。彼女でも彼でもなく「私」として集まって、健やかな未来に向けて歩んで行けたら。

きっと水の中で息ができる。

BACKGROUND
映画の背景
水の街

アメリカ最大の都市、ニューヨーク。500マイル(約800キロメートル)以上の海岸線を持つニューヨーク湾は、かつて世界の牡蠣の半分が生息する場所でした。牡蠣は二枚貝で、呼吸することによって水を濾過し、繁殖のために性を転換します。私たち人間にとって牡蠣は単に高級な前菜ですが、生態系において重要な役割(礁を作り、他の水生生物に生息地を提供し、高潮から守り、海岸浸食を防止・海岸線を回復させる)を果たしているのです。過剰に採取される前は、牡蠣は港にあふれ、水質を維持し、先住民レナペ族やニューアムステルダム(現ニューヨーク市)の入植者たちのお腹を満たしました。今日、ニューヨークの水路は、この都市の居住者にとって歴史的な転換点を迎えています。潮位の上昇は沿岸部を脅かし、気候変動がますます激しい巨大暴風雨をもたらす。ニューヨーク市では雨が降るたびに、下水道の氾濫により廃棄物が港に流出します。2025年7月、暴風をともなう豪雨に見舞われたニューヨーク市では、地下鉄構内に濁流が流れ込み、駅や車内が浸水する事態も発生しました。深刻化する環境危機に直面し、非営利団体、営利団体、そして行政機関が協力し、気候変動の最悪の影響に歯止めをかけるためにできることを行っています。

ニューヨーク市環境保護局の最近の報告書によると、港湾の水は過去100年のなかで最もきれいになっており、これは主として未来のために働きかける環境団体や活動家の努力によるものです。

介入の場

ビリオン・オイスター・プロジェクト(BOP)は「2035年までに“ビリオン”、10億個の牡蠣を海に戻すこと」を目標に、“エコシステム・エンジニア”としての牡蠣の力を借りて、ニューヨーク湾の多様な生態系を取り戻し、湾の侵蝕を食い止めるために活動している団体です。BOPはニューヨーク市内のレストランと提携し、本来は破棄されることになる牡蠣の殻を回収、その殻に稚貝を植え付け港に戻すことで、新しい牡蠣が成長し、牡蠣礁を形成します。

牡蠣の恩恵を活用しているもう一つの団体は、景観デザイン会社SCAPEです。SCAPEの「リビング・ブレイクウォーターズ」プロジェクトは、スタテン島沖に構造物を建設し、ハリケーン・サンディにより甚大な被害を受けたトッテンビル地区の牡蠣養殖を再生、その海岸線を保護する取り組みです。

料理業界では、養殖従事者や食品産業関係者が牡蠣に新たな繋がりを見出しています。ムーディー・“マザーシュッカー”・ハーニーは牡蠣の屋台で、ブルジョワの食文化と結びついた牡蠣を、庶民の食卓へと取り戻そうとしています。ムーディーの屋台は、1800年代に名をあげたニューヨークの黒人牡蠣王、トーマス・ダウニングからインスピレーションを得ました。 元WNBA(女子プロバスケットボール)スター選手のスー・ウィックスは、引退後牡蠣の養殖に従事し、水辺での仕事に安らぎを感じています。都会の生活から離れジェンダーのしがらみから解放された彼女は、牡蠣に親近感を抱き、特に牡蠣が促す性と性差に関する新しい理解に元気づけられています。

『水の中で息をする ―彼女でも彼でもなく―』は、ニューヨーク市の5行政区内外にある介入の現場を訪ねながら、牡蠣のもつ環境再生能力を称賛するとともに、爆発寸前の環境問題を抱えるニューヨークという街のあり方と、そこに暮らす人々を考察します。

DIRECTOR'S STATEMENT
監督のことば

『水の中で息をする −彼女でも彼でもなく−』は、境界を無化するクィアの価値観、クィアの実践、そしてLGBTQIA+の協力者と共に制作されました。ノンバイナリーのクィア映画監督として、生殖過程において性別を変える牡蠣という対象を扱うにあたり、クィアの視点を通して牡蠣の環境に寄与する英雄的行為を称える文化的かつ経済的なビジョンを創造することが重要でした。多くがクィアである登場人物や俳優たちは、撮影が進むにつれて自身のジェンダーの進化と自己実現が自然のなかに反映されていることに気づきます。この映画は、こうした反映が文化の変革と持続可能な未来の構築に不可欠であることを示しています。

これらのテーマに取り組む際、何かを厳密に定義することや知識源に序列を設けることを避けました。概念が衝突し、融合することを目指したのです。ドキュメンタリーとフィクション、生態系と経済活動、個人とコミュニティ、食べものと生きもの、牡蠣と人間、過去と現在と未来の境界が、曖昧なまま存在しています。この映画は繰り返し押し寄せる波のように形作られており、撮影対象との短い出会いを反復しながら、そのたびに新たな可能性を見出すのです。リサーチを重ねることで、牡蠣をめぐる状況に黒人・先住民・移民と労働者階級の歴史を織り込み、牡蠣が持つ〈古典的な〉「富」と「異性愛者のための媚薬」というイメージを覆し、交差的で反資本主義的な視点を通して、使い古された比喩を再構築することを試みています。

共通の価値観に導かれ、『水の中で息をする −彼女でも彼でもなく−』の制作には多くの人々が集まり、集合的なビジョンのために自らの時間を捧げました。この映画を通して、不可能と思えることに直面しても、集団的な行動、すなわち「連帯」が、真に素晴らしい可能性を切り拓くのだということを実感したのです。

PROFILE
監督|エミリー・パッカー Emily Packer

エミリー・パッカー(she/they)は、地理学とハイブリッドフォーマットに関心を持つ実験映画監督・編集者。監督作品は、アンソロジー・フィルム・アーカイブス、ブラックスター映画祭、ニューヨーク・ドキュメンタリー映画祭(DOC NYC)など、全米各地の映画祭や上映機関で上映されている。本作にも参加しているレスリー・スティールと共同監督した短編「By Way of Canarsie」は、クライテリオン・チャンネルで配信されており、POV(a cinema term for “point of view”)ショートシリーズ・シーズン6にも収録。アメリカ・メキシコ国境に開園された公園を描いたアーカイブ映画「Too Long Here」(2020)は、クライテリオンキャストから「魅力的で重要な作品」と評され、公園の保存活動に活用されている。

COMMENT

牡蠣に手を差し伸べられ、
牡蠣に手を差し伸べる。
彼女でも、彼でもない彼らに教わる生き方は
牡蠣の殻のように、きっと未来を切り拓いてくれる。
先日、ニューヨークで牡蠣を食べました。
在住の友達に、「ニューヨークを知るひとつ」と言われた理由がわかりました。
あの一粒に詰まった物語、
これからも、食べる度に呼吸を思い出す。

アオイヤマダ|パフォーミングアーティスト

多くの人にとって、性別は2種類しかない。私はじぶんの性別に名前をつけることを諦めてしばらく経つ。この映画を観ながら、環境によって性別を変えられる牡蠣のような柔軟さがあれば楽なのかな?と考えていたが、なんだか人間ぽい発想だなと思った。牡蠣にとっては男も女も古代のワードかもしれない。常に進化の途中。みな個として、くっつくのだろうし、くっつかないやつもいるだろう。そしてそれが末には小魚の住処として在れるかもしれないのだから、どんなに素晴らしいだろう。

小田香|映画作家

男と女、白人と黒人、自然と人工…いくつもの二項対立を乗り越える地点に存在する牡蠣は、ともすると安易な美談の象徴になりうる。このことに自覚的な本作は、ドキュメンタリーとフィクションを巧みに混淆させ牡蠣の意義を豊かに乱反射させることで、見知った「感動の実話」に回収されないクィアな未来を提示する。

森山至貴|社会学者

牡蠣は一生のうちに性別を変化させる生き物として知られる。
ノンバイナリーの映画作家が手がけたこのドキュメンタリー作品は、
人間と牡蠣の境界線を撹乱する独創的な語り口で、わたしたちの社会の在り方を問う。
そしてそこでは、あなたが息苦しい場所にいても少しでも息がしやすくなるように、という作家の祈りが波のように寄せ返す。

児玉美月|映画批評家

順不同・敬称略

THEATER
地域 劇場名 公開日
関東
東京都 イメージフォーラム 2026/1/31-
水の中で息をする ―彼女でも彼でもなく―

アメリカ|2023年|77分|英語|原題:Holding Back the Tide

監督:エミリー・パッカー プロデューサー|トレイ・テルーオ
撮影|ジョン・マーティ 編集|リンジー・フィリップス、ベン・スティル
字幕翻訳:西山敦子|デザイン:中野香|配給:ブライトホース・フィルム|配給協力:野崎敦子

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